私の書かなかった本:ジョージ・スタイナー


書かれざる書物は空虚以上のものである。なし終えた仕事に、皮肉で悲しげな動き回る影のように付きまとうのだ。書かれざる書物とは生きられたであろう人生のひとつ、できたであろう旅のひとつなのだ。否定は決定因子になりうると哲学は教えてくれる。否定は可能性の否定以上のものである。欠如は、われわれが正確に予言したり、判断したりはできない結果をもたらす。重要だったかもしれないのは書かれざる書物なのだ。それはよりよく失敗することを可能にしたかもしれないからだ。あるいはそうでなかったかもしれない。

(著者覚書)

本書は七つの章からなっており、それぞれが書かなかった本についての語りである。それぞれの章には、一冊の書をものすことができたかもしれない着眼点と知識が書き留められている。本書はあらゆる告白に似ていて、しばしばどきりとさせる。私がとりわけ大きな衝撃を受けたのは、二番目の「妬みについて」だった。

この章ではまずチェッコ・ダスコリ(http://en.wikipedia.org/wiki/Cecco_d%27Ascoli)に焦点が当てられる。私が知らなかったこの人物は、「後世の科学を予兆させる科学的誠実さ」によってジョルダーノ・ブルーノおよびガリレオの先駆者とされているという。彼は異端として焚刑に処せられた。彼に帰せられる感情が収集される。いわく「チェッコの悪意にみちた模倣から伝わる、『神曲』に対する妬み」「トスカーナ語が言語と文学で覇権を握ったことに対する苛立ち」「言語と心理の両面に及ぶ不安」。
彼を忘却から守ってきたとされる、チェッコとダンテとの関係における妬みが説明される。「すでに生前からダスコリは、ダンテの卓越性とダンテの書いたものが享受した名声に対する嫉妬に心を傷つけられた人物、ダンテに軽蔑の念を抱く者とみなされた。」(63)
この妬みの根拠はどこにあるのだろうか。「アチェルヴァ」内の二連のスタンザはダンテへの罵りが明白である、という見解がある。ダンテとチェッコの宗教的相違に根拠を求める説もあるらしい。「今日の考慮に値する解釈学者の大多数は『アチェルヴァ』でダンテを攻撃する二連のスタンザは後世に捏造追加されたと考えて」おり、また「チェッコの詩に『神曲』の影響は明白で否定しようがない」にも関わらず、「欲深き妬み」の影はいつまでも消えない。

だから、妬みと尊敬は決して共存しえないものではなく、しばしば同時に感じられるものだろう。「フランス語のenvieには、英語のenvyとdesireの両義がある。われわれは自分の挫折をもたらした嫉妬の対象を称賛して尊敬する」(76)スタイナーは妬みの様々なヴァリエーションを展開する。「アマデウス」のサリエリシェイクスピアの同時代人の戯曲作家、ダンテの同時代の叙事詩人、イスカリオテのユダダヴィデとサウル、ホメロスのテルシーテースであるとはどういうことだろうか。
神話的原型であれば、人間は不死の、美しく、力を持つ神々を妬む。また「神の栄誉をたたえて考案された傑作がもっとも先鋭な挑戦を提示する」ことがある。その時、「神の正直な意見はどうなのか」。人間とその作品においても同じ嫉妬が働くかもしれない。
日常的な例ではこの嫉妬はもう少し実感しやすいものになるだろう。運やほんの僅かな差によって決定的に決定される序列、美しい人間と美しくない人間、決定的なチャンスを逃すことはその後の人生に癒えない傷として残り続けるだろう。師弟関係において誇りと嫉妬のダブル・バインドが見られる。弟子が進歩することは師匠の誉れであるが、同時に彼が用済みとなることである正真正銘の教員とは、自身より優れた学生を妬むことがないだろう、と語りつつ、スタイナーは自らの教師生活でえた四人の優れた生徒を振り返っている。

妬みの両義性は、大いにその防衛機制に関わっているように思われる。ひとつは追従であり、われわれは師匠の弟子であることを弁じ、偉大な天才の後光に預かろうとするだろう。*1もうひとつは、栄光を得たものを褒めちぎり、同時に自分自身を落伍者の列に並べる。自己矮小化する。

おそらくこれらの機制と関係して、自らの中に自らが凡庸であると自らの失敗のたびに、また他人の成功のたびに指摘する声が住み着くこともある。スタイナーはこれを最悪の事態、と表現している。これが「煉獄の苦しみ」となるのは自らが二列目のエリートであることを自覚しているときであるといわれる。その例がチェッコ・ダスコリとダンテである。二流の人間は、「凡人が最後に退避できる唯一の聖域」、正直さに従い、一流の作品の認知のために苦闘する。しかし彼を書いてくれる人はいるのだろうか。

最後に、ダスコリとスタイナー、二人の人生が振り返られる。ダスコリにとって自らの焚刑は自らとその作品が永久に焼失することだった。彼は最後までダンテを妬む同時代人に留まったという認識を得るだろう、と想像される。たしかに、われわれがその苦悶を真に知ることは不可能だろう。しかスタイナーの筆致は、この恐ろしさを十分に想像させる。そして、スタイナーはこう語る。それはどのような雄弁よりも多くを伝えるだろう。

私はチェッコ・ダスコリ研究を書かなかった。それはそれで面白いものになったかもしれない。けれどそれは私にはあまりに切実すぎたのである。

(84)

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以下は、その他に印象に残った章について短く書き留めておきます。

「中国趣味について」では、ジョゼフ・ニーダムとその方法を検討しつつ、「中国の科学と文明」を「失われた時を求めて」と比較し「忘却による歪曲や不正義から過去を生き返らせる」「内部が相互に参照し合って結び合う時間の叙事詩」と評し、ニーダムがとらわれていた問い、なぜ「中国の科学が黎明期にはまばゆく輝いたのに、そのうち活動停止状態に陥り、やがていわば「不可抗力」によって、西洋起源のモデルと実践に取り込まれたのかのような印象」(27)を与えるという「不可解な不連続」が起きたのかへの探求(ユートピア的な試み)として解釈している。
また、「ユダヤ人について」は、安易な要約を許さない、問題意識と自意識に関わる多面的な告白といえる。これほど発散した内容を単一の叙述にとりまとめるビジョンは、たしかに想像もつかないほどの困難を感じさせる。

また訳者解説は、各章の内容をスタイナーが今までに書いた本を要約することで照射したものになっていて、理解を助けるものとなっています。

*1:「われわれは何かしら謙虚で、当然ながら寄生者的な装いを凝らして、自分が師匠の栄進と功績に貢献したこと、関与したことにする。」(76)恥を忍んで告白してしまえば、ただこれだけがこのブログの目的ではないだろうか。私はただ、自らの落伍を表現しているのに過ぎないのではないだろうか。