記号主義:N.グッドマン/C.Z.エルギン

記号主義―哲学の新たな構想
N. グッドマン C.Z. エルギン
みすず書房
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グッドマンの本は面白い。「世界製作の方法」では、「ヴァージョン」という概念を用いることで、藝術、科学、哲学といった異なるレベルを一挙に語れる仕組みを作った。もちろんこれらは互いに通約不可能で、例えば科学の内部において地球が動いている/静止しているという状態は語りのヴァージョンに相対化されている。これらの地球はそれぞれ異なるという。つまりそれぞれ異なる世界である。そういった世界を制作する方法は既存の世界をある方法(順序付け、切断・・・)で変化させることで可能になる。無数の世界のヴァージョンがあり、それらが要請する存在者がある。ただし、グッドマンにおいてこの無数は漂流ではない。世界を選ぶ基準が存在している。最終第十章に詳しいので、これをすこし読んでみよう。
まず哲学で用いられてきた真理、確実性、知識(という概念)について疑問が提出される。真理は世界と言説との一致として理解されてきたけれども、この「世界」がもはや存在しない(単一の世界は存在しない、この理由は下のリンク先が詳しい)ことから、そのような真理概念を採用できない。続いて、真理とは本当にわれわれの役に立つのか、ということが考慮され、その範囲が狭いことが例示される。また、真理と定義的に密接な確実性と知識についても、その根拠が疑問視され、真理にかわる概念として「正しさ」が導入される。
正しさは真理と違って、言明以外にも適用される。「要求や質問、語句、カテゴリー、画像、図表、見本、デザイン、音楽の楽節や演奏(p.226)」などなどが「正しい/誤り」の対立に従うとされる。この正しさは真理よりも広く、こういってよければアバウトな所がある。それはある「慣習的に確立した記号的複合体の「只中での」適合である(p.230)」。そしてその適合を検証するものとして、「働き」が要請される。例えば、認知への寄与など。こうして、正しさという基準によって相譲りつつ、調整を行う記号的複合体と言明などの記号作用の相互作用が素描されたことになる。(ここでプラグマティズムに接近しつつも、離れてゆく動きがある。ただし僕にはよく分からない)
続いて確実性が批判され、それに変わる概念として「採用」をグッドマンは提唱する。それはなんら信用を含意せずに、まずは採用されるが、それが慣習となり、守りをもつにつれて、「正しさをもたらす」運動を作動させる、とグッドマンはいっているのだ。採用とは、適合と働きへの努力であるといわれる。それは再構築の運動をもたらす。またわれわれが全く新たにはじめることができない以上、構築は常に再構築なのだから、つまりこのような動きが世界制作と考えることができる。
それから知識よりも広い概念として理解が説明される。この部分は第九章「知識にとっての愚かさの有効性」と密接につながっていて、認識論批判の一部として働いているようにも思えるけれども、その部分をとりあえず脇におくと、理解とは、世界を理解する=再構築する=制作するという認識の操作のことだといわれている。そしてこの理解(という断片的なプロセス)の前進が認識の努力とされうる、とグッドマンは考えているように読める。
つまり、ひとつの世界(また真理や「現実」)が無い以上、認識の努力を(形而上学的な真理追究から)理解の前進として読み直すことが、要請されなければならないのだ。


こういった立場によって大体世界(体系、ヴァージョン)の多数性とその調停が可能になると思われるのだけども、どうも本書(と、「世界制作の方法」)だけではグッドマンの全体像がわからなかったので、間違いも多いと思います。お気づきの点などあればコメントをお願いします。


ただ、冒頭でいささか唐突に「面白い」と書いたのは別の理由で、それは本書の大部分を占める諸藝術の分析、それぞれの世界として藝術を読んでいる点にあります。例えば音楽と絵画において変奏はどのように位置づけられるか。絵画や画像において、どのようなときに何を例示するか。テクストは諸解釈を通じて同一なのか多様なのか、などなど。ただし、本書には「世界制作の方法」から引き継いだ概念がおおいので、そちらを先に読んだほうがいいと思います。今では文庫になっている。今回「記号主義」を読むにあたって読み返しました。

世界制作の方法 (ちくま学芸文庫)
ネルソン グッドマン
筑摩書房
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また本書と「世界製作の方法」の訳者解説が、web上で読めます。
http://www33.ocn.ne.jp/~homosignificans/symbolnoumi/content/works/papers/semioticism.html
http://www33.ocn.ne.jp/~homosignificans/symbolnoumi/content/works/trans/reconception.html