言葉と心:中山康雄

言葉と心 (双書エニグマ)
中山 康雄
勁草書房
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本書の狙いは明白で、著者の立場である語用論の視点から言語哲学の歴史を概説し、現代の分析哲学にも継続する、様々な問題を見渡せるものにするもの、といえます。入門書として、文章も平明に書かれており、用語の解説もまず行われますので、初心だという人にも薦められると思います。

本書の特徴は、言語哲学の諸議論を紹介しつつも、全体論言語哲学の考えを発展させ、さらに、これを心の哲学の一問題の解決に利用しようとするところにある。だから、心の哲学言語哲学のつながりに関心のある方には、このようなつながりを具体的に示そうとしている本書をぜひ読んでもらいたい。

(あとがき・225p)
ここでいわれる心の哲学の問題とは、志向性の問題です。周辺的には、意味は内在または外在するのか、という問題や、文の指示に関する理論がかかわってきます。

著者は、ある命題の意味は信念の総体によって決定される、という全体論(詳しくは、本書二章、現代思想冒険者シリーズ「クワイン」、「言語哲学大全Ⅱ」などを参照)と、記号の指示(意味)は解釈者に相対化されて特定されるという語用論(本書一章で詳説)を用いて、言語哲学の問題に対決しています。
問題とは、具体的にはパトナム・バージらの意味や志向性の外在主義(と、サールなどの内在主義)(六・七章)、クワインによる事象信念、クリプキによる言表信念のパズル(五章)など。その解決策が述べられる中で、著者の哲学が現れてきます。例えば

指示の因果・歴史説は、固有名の指示対象決定の権威を、その固有名の導入者に与える。ここで重要なのは、言語的分業と同様、ここでも、固有名の導入者に対する権威の暗黙の集団的承認が支持の公共的決定の基盤を提供しているということである。
(…)
重要なのは、固有名の使用に関して(問題の集団の中の)誰に権威が与えられているかということなのである。

(二章・58p)
などはある概念の指示対象が決定されるに当たって、社会的側面が考えられるという部分で引用された、クリプキの指示の因果説についての解釈ですが、ここで「権威」は、解釈者に意味が相対化される語用論的立場(下図参照)から、社会的な意味の通行の安定性を保証するため重大です。(50ページ)指示対象(意味)が複数化されるという語用論(と全体論)の帰結は、肯定的には先の諸問題を解決することとなりますが、その代わりに、公共の意味(共同体において規範的な意味)の源泉を説明する必要があるからです。(181ページ)
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[語用論における指示。本書ではこの基本図をもとに、随時拡張される](本書26ページ)

また難解になりがちな事柄も非常に分かりやすく書かれており、これだけ簡潔に要約できたのか、と驚くほどでした。恐らく理解に必要とされる、前提となっている信念が明示的に書かれているからでしょう。五章末尾、クワインのパズルを生み出した諸前提を整理した後、章末の一文にはこうあります。

クワインが適切な信念記述にいたらなかった要因のひとつは、他者の信念について語る場合には必ず信念が帰属されているということの確認がクワインには欠けていたことにある。

(131)
この部分や先立つ五章全体で解釈に当たり他者に信念を帰属させること、を考えることの重要性が示されています。次章では意味の外在理論の諸問題を整理するにあたり、パトナムが双子地球の物語において、その外部の視点(つまり話者の視点、話者が登場人物に帰属させる信念)のみに権威を認めていることが指摘されます。続いて、登場人物が把握している意味の独立性を擁護(145)し、その両方の立場から到達されるそれぞれ異なった信念内容は、どちらも日常の場面で使用されているため、外在・内在のどちらかの正しさを論証するのではなく、意味・志向内容はどのように信念が帰属されるかに依存(「志向内容の帰属説」詳しくは161p)する、という立場がとられることになります。

こういったように、本書をまとめている場所はある意味明快すぎるほどなので、本書を読んでいて迷うことはまずないと思います。初めにも書きましたが、言語哲学の入門として相当薦められる本だと思います。